平成 21 年度
中小企業活路開拓調査
事業報告書

安全な給水管路の確保の為の診断基準と改修技術と調査研究
平成22年
給排水管路再生事業協同組合

本報告書は、給排水管路再生事業協同組合が全国中小企業団体中央会の助成のもと、平成21年度中小企業活路開拓調査事業の指定を受け、作成したものである。

はじめに 給排水管路再生事業協同組合(通称「水」WRAP)
2010年 2月 理事長 神谷 昭

○……いきなりで恐縮ですが、ここに掲げた一枚の線形グラフを見てください。 これは、NMR(核磁気共鳴)装置を使って分析した、道管の内側の汚染物質のスペクトルです。
(A医療施設の線形グラフを掲載)

○……スペクトルとは、NMR装置を使って、分子レベルで見た分析対 象物質の、原子や分子の持つエネルギー、その吸収または放出の状態をキャッチしたものです。NMR装置の何たるかについては、レポートの中で後述します。

○……老朽化したマンションなど水道管がひどく汚れていることは、水道業界の長年の「常識」となっていました。しかし、水質や貯水槽の検査はあっても、管路の内側にくっついている汚染物質を、分子・原子核レベルで測定し、物質の正体を突き止めることなど、ついぞ行われたことがありませんでした。

○……今回、経済産業省=中小企業庁の施策のもと「安全・安心な水道水(管)づくり」のための管路内有害塗料分析事業が、平成21年度国家助成の対象となりました。この事業に取り組んだ当組合=給排水管路再生事業協同組合(通称 「水」WRAP)が、科学史上初めて、水道管汚染物質の成分割り出しに成功したのです。私たち組合関係者は、この分析成功を「水道変革元年の事件」と呼 んでいます。なぜそのように呼ぶのでしょうか?

○……スペクトルの線形、一番左側の突出した線形を見てください。とがった頂きを持つ線形は、芳香族系エポキシ樹脂接着剤(硬化剤)の多量の存在をしめしています。

○……芳香族系硬化剤とは、MDA(メチレンジアニリン)を含む化合物質のことです。発がん性の危険ありとして米国環境保護庁、欧州化学物質庁が、こぞって使用禁止措置を取っている毒物、それがMDA(メチレンジアニリン)です。

○……このMDAは、東京・新宿区のA医療施設=築35年の水道管から採取されたものです。「風呂の蛇口から赤い水が出る」の訴えを受けた出入りの一級建築士が、水道管の一部を抜き取り、サンプル採取した、その水道管の内壁に塗られていた防錆用塗料=MDA含有塗料が、スペクトルに現れています。人の命を救う医療施設の水道管が、高濃度の発がん性塗料で汚染されていたのです。この事実を前に、関係者は皆、ショックを受けました。

○……それも――単なるMDA化合物ではありません。化学分析の専門家によれば、水道管の経年务化にともない、管の内側に塗られているMDA塗料も务化し、メチレンとジアニリンの結合が切れ、ジアニリン=ベンゼン環が単独で、しかも水に溶け出す形で存在している事実が明白になりました。


○……ベンゼン環など芳香族系物質が、単独で不安定な構造のまま人体に入ると、安定化しょうとして細胞核を取り込み、細胞の変異を惹き起こし、変異細胞が細胞分裂を繰り返すうちに通常細胞の十倍以上の速度で増殖を続け、臓器を転移のすえ末期がんになることは、いまや医学界の定説となっています。

○……では、A医療機関の分析例は「たまたま」そうであったのか? きわめてまれな例か?そう願いたいところですが、引き続き調査した別のマンション、公営ビル、都心部の大規模ビルなど、タイプも築年数もちがう建物の水道管から、続々と発がん物質MDA塗料が析出されました。中には濃度2000PPmという、身の毛もよだつような高濃度で検出された事例もあります。もはや、つぎのように言って、言い過ぎではありません。「国内のすべての水道管が、老朽化とともに、発がん性MDA(芳香族系塗料)で汚染
されている……その可能性がきわめて高い」と。


○……管路診断・検査の第三者機関である給排水管路再生事業協同組合の開発したNMR法分析・診断により、日本の水道事業は、新しいステージに進み出ようとしています。1981年いらい、先進諸国の中で日本だけが、がん発症率をじりじりと上昇させている――その背景に1970年代から法による禁止措置を受けず、事実上野放しにされてきた水道管のMDA発がん塗料と、塗料の経年务化があるのではないか?

○……水道法規のもとで進められてきた、水源確保・浄化施設維持・水道水の 衛生消毒管理とならび、これからは水道管の診断・洗浄・汚染防止工事が、時代の必然性として急浮上し、スポットライトを浴びる――そのような「流れ」が生まれつつあります。「水道変革元年」のことばが、ぴったり当てはまる時代を、NMR装置による汚染物質分析調査が切り開いたといえるでしょう。


○……この小冊子は、今後しだいにクローズアップされるであろう給水管の汚染診断の技術について、近い将来に地域の「水の番人」となることが見込まれる「管路診断士」の育成を見越して作られたものです。国民の皆さんのどなたにも読んで頂きたい――その思いから編さんした『日本中、水道管の中は闇』が、沈滞気味の水道業界の活性化につながれば、小さな事業協同組合の喜び、これに勝るものはありません。

調査研究報告書 資料手引き
表題 添付資料
NO ページ 数
H21 年 6 月2日 ・欧州化学物質庁プレスリリース 14 2
H21 年 5 月 12 日 ・麻生総理答弁書 13 4
H21 年 4 月 28 日 ・平岡秀夫質問主意書 12 4
H20 年4月 ・水道局の診断基準 15 3
H18 年3月 ・安藤正典研究報告書 11 13
H17 年 10 月 28 日 ・日本管更生工業会MDA見解 8 3
H17 年 10 月 20 日 ・週刊新潮記事 7 4
H17 年 1 月 15 日 ・マンション管理新聞記事 6 6
H16 年 2 月 2 日 ・水道局の管更生工事見解 6つづき 2
H15 年 8 月 25 日 ・日本管更生工業会务化塗料見解
・新聞記事
・安藤正典研究報告書
6つづき 10
H元年 8 月 ・JWWA-K135水道用液状エポキシ樹脂塗
料塗装方法の平成元年 8 月制定の委員会
最終案原稿
5 56
S63 年 8 月 29 日 ・水道産業新聞 5つづき 2
S61 年 11 月 ・日本水道協会
MDAに関する調査報告書
4 24
S60 年6月 ・空調衛生工学会・報告書 10 6
S61 年 3 月 ・ビル管理教育センター報告書 3 24
S60 年 7 月9日 ・札幌版朝日・読売新聞記事 2 2
S58 年 9 月6日 ・東京都水道局・更生工事条件 9 6
S49 年 5 月 14 日 ・JWWA-K115水道用タールエポキシ樹脂
塗料塗装方法
1 22
H21 年7月~ ・NMRによる給水管壁附着物分析データ 37
H21 年7月~ ・給水管洗浄実験データ 29
H元年 9 月 29 日 ・給排水管路再生事業協同組合・基準管更生工法
・JWWA-K135制定に準拠した唯一の工法

集計

安全な給水管路の確保のための診断基準と改修技術の調査研究報告
◇NMR法分析への道程
――発がん性塗料問題の沿革
1.日本国内の水道工事現場において、硬化剤(接着剤)として発がん性MDA(メチレンジアニリン)含有塗料=芳香族系塗料が使われ始めたのは、昭和48年~50年(1970年代前半)ごろである。

我が国水道事業者の総本山である社団法人日本水道協会が、部内の「工務常設調査委員会」の審議を経て、昭和49年(1974年)5月14日付けで作成した「水道用タールエポキシ樹脂塗料塗装方法」という文書に、新たに規格化された『JWWA-K115』名の塗料と、その塗装方法の手引きが書かれている(資料1)。これが、いま問題になっているMDA(メチレンジアニリン)含有の発がん性塗料である。

同文書によればこの塗料は「常温で塗装できる」「塗膜の性能が優れていること」から昭和49年以前において、すでに実用化され、水道管・水道弁・水槽など広範囲に使われていた。

同文書が作成された昭和49年ごろ、芳香族系塗料の発がん性や、人体に有害であることなどは、ほとんど知られていなかった。むしろ芳香族系エポキシ樹脂塗料は、在来の水道管用錆び止め塗料に代わる、工期短縮と簡便性に富んだ塗料として期待されていた。在来のタール系塗料の「衛生性」との関係で、代替塗料としての錆止め塗料、そのニュー・フェイス、それが『JWWA-K115』であった――昭和49年作成文書「水道用タールエポキシ樹脂塗料塗装方法」からは、そのような当時の事情がうかがえる。

表題に「水道用タールエポキシ樹脂塗料塗装方法」とある通り、その性状は徹頭徹尾タール系化合物であった。また製造と使用にあたっては、発がん性化学物質であるシンナー添加を要した。MDA含有塗料はタール系ばかりではないの、いや天然由来もあれば人工合成もあるの――などの弁明的解釈は、新塗料「K115」の発がん性が問題になってから言われはじめた「論」である。新塗料のデビュー当時は「水道用タールエポキシ樹脂塗料」と、直裁
に呼ばれていた。「K115」は発がん性のMDA含有塗料であった。ここが、問題のそもそもを理解する上でのポイントである。


初めは、水道管の「水に接する面」に塗る塗料として研究開発、実用化されたが、のちに平成元年に入って、「水に接しない部分」にかぎって使われるよう、塗装方法の指定変更がなされた。こうなるともはや水道管用塗料とは言えない。これは1984年、WHOによるタール系塗料化合物の全面使用禁止措置が関係している。

2.MDA含有塗料に発がん性あり――というニュースが世界に伝わったのは、昭和58年4月30日、米国EPA(環境保護庁)の新聞発表によってである。「NTP(ナショナル・トキソロジー・プログラム)による動物実験の結果、MDAに発がん性が見出されたのでTOSCA(トキシック・サブス・スタンス・コントロール・アクト)にもとづき緊急調査を開始し、180日以内に必要措置を取る」というEPA発表は、「MDA150ppm含有水を103週間、経口投与されたマウス・ラッテの甲状腺と肝臓に、がん変異が見られた」という動物実験結果、また有害物質規制法TSCCへのMDA化学物質への指定措置とあわせ、日本国内では第一報が軽く扱われたこともあって、日本国民のほとんどが、ことの重大性を気付かないまま、月日が経過した。

それから一年後の1984年、今度はWHO(世界保健機構)が、水道用タール系塗料の全面使用禁止措置を取るよう、世界各国に勧告した。水道行政、水道業界にとって深刻な問題となるはずの、この時のWHO勧告が、日本水道協会内部でどのように受け止められたか。それについては定かではない。
EPA、WHOの取った措置のあと直ちに、厚生省(当時)企画課によって、管更生工事に使用するエポキシ樹脂硬化剤の扱いが検討されたと言われているが、検討の経過と内容は、これまで公表されていない。

主務官庁内部の検討の有無にかかわらず、タール系エポキシ樹脂塗料(MDA含有塗料)は、行政府や水道協会の黙認のもとに、いぜんとして水道管の内壁に半ば公然と塗られていた。そのことはまちがいない。


3.発がん性MDA含有塗料(以下「芳香族系化合物塗料」という)が世間の注目を集めたのは、昭和60年(1985年)7月9日、北海道消費者連盟と札幌水道局との間に起きた水道工事中止をめぐるトラブル、その新聞報道によってである。

――札幌水道局がおこなっている、老朽化した水道管の錆止め工事が、北海道消費者連盟から工事中止を求められた。塗料中に米国EPAが使用を禁止している発がん性物質が含まれている疑いがあるからだ(資料2 85年7月9日「朝日」記事)。消費者連盟のアピールに対し、札幌水道局は次のように回答した。

――使用中のエポキシ樹脂塗料は一時間で乾くはずであり、冬期は硬化を早めるために管を温風で暖めている。塗料は事前に溶出実験をおこない、アミンの不検出を確認してお、工事には何の問題もない。

日本水道協会の意向を多分に盛り込んだ、このとき札幌水道局の「回答」には、重大な視点の欠落があった。それは水道管の経年务化、また塗料成分の経年务化という視点である。差し当たって溶け出さないとしても、塗料は乾いたあと何年で务化するのか? 将来にわたり水に溶け出すことはないのか? どのような条件で溶け出すのか? こうした視点の欠落したまま、「水に溶け出していないから大丈夫だ」式の調査研究結果と見解が打ち出されたのである。

4.この事件を契機とし、日本水道協会内部で錆止め塗料の新規格を定める動きが活発化した。厚生省外郭団体である財団法人「ビル管理教育センター」と、日本水道協会内部に作られた委員会によって、「給配水管の洗浄・ライニングの水質に及ぼす影響に関する調査研究報告書」(資料3)「水道管更生用二液性エポキシ樹脂塗料についての報告書」(資料4)がとりまとめられた。

二つの報告文書に共通するのは、錆止め(更生)工事完了後、芳香族系化合物が水道水に溶け出しているか、いないかに重点を置いた調査内容になっでいることである。水道管路の経年务化にともない、また塗料化合物の経年务化にともない、成分が水道水に溶け出すのか、あるいは溶け出さないかについて、二つの報告文書は論及を避けている。

5.上記二つの「報告」文書を受け、日本水道協会は、内部の工務常設調査委員会の審議を経て、新たな塗料規格の制定をおこなった。平成元年8月3日付け文書「JWWAK115水道用液状エポキシ樹脂塗料塗装方法」中の「水道用液状エポキシ樹脂塗料塗装方法解説」(資料5)には、新しい規格塗料について、つぎのように書かれている。「近年、タール塗料の衛生性が問題となり、タール系塗料に替わる塗料として、液状エポキシ樹脂系塗料が研究開発され、今日では優れた塗料として評価されるようになった」

文中、「タール系塗料に替わる塗料」とは、「K115」に代表される芳香族系化合物塗料、それに代わる発がん性のない安全なエポキシ樹脂塗料という意味である。同文書にある「K135」の成分組成は、主剤はエピクロロヒドリンとビスフェノールAを反応させたエポキシ樹脂塗料で、硬化剤にはトリエチレンテトラトミンを主体とした脂肪族ポリアミノアミドまたは脂肪族アミンアダクト体とある。これらの变述から、新しい規格の「K135」塗料の本性は脂肪族系塗料であることが分かる。

エポキシ樹脂塗料には芳香族系と脂肪族の二通りがあり、発がん性ありは芳香族系、人体無害は新しく開発された脂肪族系の塗料である。前掲文書中「今日では優れた塗料として評価されるようになった」の表現には、札幌水道局と北海道消費者連盟との対立をきっかけとして、水道業界に芳香族系化合物塗料への危惧が広がり、代わる安全な塗料として脂肪族系塗料が開発され、好評を得ていた業界事情が、反映されている。

だが、人体に安全な「K135」の規格化の一方で、危険な芳香族系塗料「K115」の方はどうなったのか? それについて同文書からは何も見えてこない。文書「JWWA K135 水道用液状エポキシ樹脂塗料塗装方法」を通読するかぎりでは、旧タイプで発がん性のある芳香族系塗料「K115」の扱いがどうなったかについては不明である。あるいは廃止されることなく、塗料リストに生きていたのか?

6.それやこれやを疑わせるような出来事が、平成17年(2005年)一月に起きた。水道管の更生工事(錆止め工事)業者最大手の日本軽金属工業社が、過去におこなった工事において、水道協会が新たに指定した「JWWA K135」脂肪族系塗料を、一度も使っていなかった事実が、「マンション管理新聞」によって報じられた(資料6)。日本水道協会の塗料規格の変更措置によって、芳香族系有害塗料「K115」は、使ってはならない塗料として、工事現場から一掃されたはずであった。だが実際には野放しに近い状態で使われていたのである。

では日本軽金属工業社は、どこのマンションの、どの水道管において、芳香族系化合物塗料をどれほど使っていたのか?日軽金の事件は、工事実態の実情を過去にさかのぼり明らかにすることによって、安全な塗料への国民の関心を高め、水道工事への信頼を取り戻す絶好の機会をもたらした。だが、過去に遡る工事実態の解明努力はなされなかった。担当官庁から日経金に下された処置は「技術審査証明取り消し」という、国民から見ていま一つわかりにくいものとなった。

この事件の起きた年、「週刊新潮」10月20日号は二週にわたる特集記事を組み、「……芳香族系のタールエポキシ塗料は日本の水道管の中には存在しないことになっているのだ。だが、実はこれが、つい昨年まで使われていたのである」と報じた(資料7)。

これに対し、業界団体である「日本管工業会」は会報21,22号において「週刊新朝の記事について」とするコメントを発表、芳香族系硬化剤にはMDAを使っているが、その発がん性は国際基準からみて、「グループB」に入り、「発がん性があるかもしれない」範囲であるから、何の問題もないとした(資料8)。MDA含有塗料が使われ続けている事実を認めた上で、発がん性の危険は軽微としたのである。

これとは別に、東京都水道局長名で出された昭和58年9月6日付文書「都のメーターを設置した受水タンク以下装置における給水管更生工事の取扱いについて」は、「別添参考」文書「給水管更生工法の施工上の基準」のなかで、「2.使用塗料 ライニングに使用する塗料はJWWAK115」と指定していた(資料9)。都水道局の出した文書日付は、米国EPA(環境保護庁)による芳香族系塗料の使用禁止措置からまる五ヶ月後にあたる。

米国内での有害塗料禁止措置と、都水道局の「K115」指定の行政措置とのずれからは、芳香族系塗料「K115」の安全性への認識の差、日米の落差が目立つ。では、昭和49年の塗料規格指定以後、芳香族系塗料「K115」は、日本国内でどれほど使われていたのか?
専門紙「空気調和 衛生工学」誌59巻第6号に掲載された、大手ゼネコン大林組技術者らによる技術報告論文「現場ライニングによる配管更正法の現状と課題」は、芳香族系化合物塗料「K115」の規格制定以後、この工法による業界全体の工事実績は、年間で延べ2000キロの水道管に達したと述べている(資料10)。

上記論文の变述が正しければ、わずか三年の間に、2000キロメートルにおよぶ水道管において、「K115」使用の更生工事が、急ピッチで進んでいたことが読み取れる。三年間で2000キロメートルは、機械的に類推すれば年平均660キロメートル余、二十年間で延12000キロメートルの施工量が推定される。築十年以上の水道管の多くに錆止め工事が施されていることから、水道管路内の「K115」塗布量の莫大がうかがえる。

7.「K115」芳香族系塗料使用の広がりを受け、厚生労働省は平成17年度厚生労働科学特別研究費補助金事業(厚生労働科学特別研究事業)として、武蔵野大学安藤正典主任研究者に「水道に用いられる塗料等からの溶出の実態と評価に関する研究」を委嘱、同名の論文を得た(資料11)。

同研究報告は「研究要旨」の冒頭において、「建築物の管理者が実施する建築物内の給水管の更生工事において、規格に適合しない塗料が使用される等の不適切な施工により、これら塗料に起因する水質上の問題の発生が懸念されている」と述べている。ここにおける「規格に適合しない塗料」とは「K135」以外の塗料、すなわち芳香族系塗料である「K115」を指している。

さらに同「研究要旨」は芳香族系塗料の水道水への溶出危険について「……二種の塗料組成の混合割合に不具合があった場合は、原料成分が残存する可能性が高く、健康影響が懸念される物質が、水道水等に溶出してくる可能性が否定できない」とのべている。文中「二種の塗料組成の混合割合」とは、使われる芳香族系化合物塗料が、管路内壁に塗られた錆止め塗料の「硬化剤(接着剤)」として、主剤と混ぜ合わされていた事情を指している。塗料の混合の仕方によって、発がん性物質が水道水に溶け出す懸念があることを、慎重な言い回しで述べている。

安藤論文は、東京都内34箇所の水道水を採取、5種類の塗料、6種類の硬化剤との組み合わせで検体を整理、その一々において、塗料成分の水道水への溶出有無を調査し、結果として水道水への溶出は認められなかったとしている。だが、論文筆者の視座に「水道管の経年务化」「防錆塗料の経年务化」は入っていなかった。経年务化により、二種の塗料組成がどのようになるのか、その視点がなかった。

論者には「二種の塗料組成の混合割合」と「水道水への溶出」との関連を調べる問題意識はあったが、水道管路が古くなり、錆止め塗料も古くなった場合、塗料成分がどのように変化し、水道水に溶け出すか、あるいは溶け出さないかを問う視点はなかったのである。

8.芳香族系塗料の水道管路内における経年务化が不問に付されたまま、国中の水道管の老朽化が進むなか、平成21年夏、国会内で重要な変化が起きた。民主党平岡秀夫衆議院議員は、「K115」規格化いらいの水道行政に関連して、「マションやオフィスビルなどの貯水槽からの給水管の务化にともなう健康・安全対策に関する質問主意書」を衆議院議長に提出、総理大臣の答弁を求めた(資料12)

平岡質問は①貯水槽水道において、平成元年までMDA(メチレンジアニリン)含有発がん性芳香族系塗料が使われている事実の有無②右塗料については米国EPAの使用禁止処分が出されており、日本国内でも使用が禁止されているのではないか③平成元年以前に建てられたマンション等で使用されたMDA含有塗料の実態調査をおこなうべきではないか④老朽化の進むマンション等の貯水槽水道に係わる「管路内汚染」について、何らかの対策を講ずべきではないか――の四点から成り立っていた。

これに対し麻生総理の答弁書(資料13)は、①MDA含有塗料は発がん性物質として米国EPAで使用禁止となっている②日本国内で使用禁止措置が取られたことはない③政府による使用禁止措置は取られていない。塗料使用の実態調査の予定はない④当面の対策は検討していない――の四点を強調するものであった。

総理大臣名のこのような答弁の根拠に、「平成17年度厚生労働科学特別研究費補助金事業」により書かれた安藤正典論文が上げられた。これによって、芳香族系塗料の水道管からの除去を論じる者、安全な給配水管路を確保しょうとする者から見て、安藤論文はいやおうなく批判されるべき存在となったのである。

こうした国会内の問答にかぶさるように、平成21年6月、欧州化学物質庁(ECHA)は、7種の非常に高い懸念のある物質(MDAを含む)の厳格な管理をヨーロッパ連合各に勧告した(資料14)。

またこれより先の平成18年4月、東京都水道局は「指定給水装置工事事業者工事施工要領」文書を公表、本管からの直結増圧方式の給水工事に切り替えるさいには、その水道管について、過去の錆止め工事履歴の有無を確認すべしとした(資料15)。錆止め工事(更生工事)の過去の履歴を問うことは、必然的に「K115」塗料使用の実態解明につながる。ここにおいてようやく、過去におこなわれた芳香族系塗料塗装工事と、直結型水道官への、切り替え工事との接点が生じたのである。

9.以上の長い経過のもと、水道業界に芳香族系化合物塗料をめぐり、国民の健康に直結する「安全な給水管路」を確保する視点から、二つの問題が浮上してきた。

第一に、過去において使用された芳香族系化合物塗料=MDA(メチレンジアニリン)含有塗料の集積、その経年务化の実態解明なしには、対策解決の糸口がつかめないという問題である。

第二に、かりに経年务化の実態調査をするとして、いったいどのような方法で、科学的・客観的なデータを得るのかという問題である。
問題の一、二は相互にからみ合っていた。実態調査手法が確定しなければ、発がん性塗料の使用実態もつかめない。使用実態がつかめないのでは、対策の立てようもない。

10.ここにおいて、経済産業省の施策のもと、平成21年度中小企業活路開拓調査・実現化事業の助成事案として、当給排水管路再生事業協同組合の「安全な給水管路確保のための管路診断基準と改修技術」が認められ、当組合が開発によるNMR(核磁気共鳴)装置を用いた管路内壁の付着物、付着塗料の、精度の高い、客観的な分析結果が生まれるに至ったのである。

分析結果の詳細は、添付の検体ごとのスペクトルと分析所見、また報告書付属文書に述べられている通りであるが、無作為に採取した水道管サンプル「検体1~5号」のすべてにおいて、最低10ppm、最高2000ppmオーダーの芳香族系化合物塗料による水道管路の、深刻な汚染実態が浮かび上がっている。

なかでも、過去に芳香族系化合物塗料を使ったことのない水道管からも、高濃度の同塗料成分が検出されているミステリアスな事実が明らかになり、当給排水管路再生事業協同組合関係者は、一様に衝撃を受けている。

水道管路内に塗られ、あるいは付着し、経年务化し、または水道水中に剥離・浮遊した芳香族系化合物塗料が、人体内に入り、どのような機序で発がんするのか、あるいは発がんと無関係であるのかは、これからの調査課題である。

下記工法では芳香族(MDA含有)塗料の使用が疑われていましたが、本問題の解決にぜひ協力をしていただきたく、願っております、
工法名(主たる施工企業)
AS・NT 荏原・小泉・日本設備グループ MDA含有塗料使用
NPC・NPL 日経金グループ MDA含有塗料使用
アクアシャトル 大阪ガスグループ 日経金との共同施工分
NSK 日本リフォーム(h19年倒産) h8 年以前の施工分

11.「北京で蝶が羽ばたくと、フロリダで竜巻が起きる」といわれる。大域におけるエネルギー運動が、じつは局所における小さな波動の連鎖によって引き起こされるという、現代物理学における「揺らぎ・フラクタル・カオス」の法則現象の例示である。東京・中央区にオフィスを持つ事務局員わずか三名の小さな事業協同組合が、全中を窓口に、公的助成を得て取り組んだ結果報告書は、一匹のアゲハチョウの羽ばたきに似て、微小微弱な波動である。しかし、私たちは信じている。日本国内の水道管路を人体に安全なものにし、健康によい水道官を造りだそうとする当組合の調査、対策方法の提唱が、小
さな波動から「官・民」を横断した波動へと広がり、やがて国民の健康を守る大きな竜巻となることを。

給排水管路再生事業協同組合
理事長 神谷 昭

「報告書付属文書」
目次
1章……「検体1号」の分析結果・・・・・・・・・・・
2章……「検体2号」~「検体4号」の分析結果・・・・
3章……「検体5号」のミステリー・・・・・・・・・・
むすび・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1章 「検体1号」の不気味
平成21年夏――。
事件は、長さ25センチ、外径2センチの、二本の水道管サンプルから始まった。新宿区高田馬場A医療施設の院長夫人から、出入りの一級建築士に「お風呂の蛇口から、赤い水が出て、気持ちが悪い」と連絡があった。訴えを受けた建築士が抜管してみると、いたるところに大小の錆びコブが見られた。だ
が、錆びとは別に、水道管の内側にこびりついている赤い塗料に、建築士は疑いの目を向けた。

もしや発がん物質MDA(メチレンジアニリン=芳香族系化合物)含有の塗料ではないか――と建築士は疑った。MDA含有塗料の話は、ここ二十年来、建築業界や水道工事業界でくすぶり続けている。水道管路の内側に、人体に害を与える危険な塗料が塗られているらしい、それはMDAという芳香族系化合物で、欧米では全面使用禁止措置が取られている発がん性物質だ……という形でくすぶっているのだ。

建築士は「赤い塗料成分が何であるか、突き止めて欲しい」と、自分が関係しているWRAP(給排水管路再生事業協同組合=理事長 神谷昭)に依頼した。WRAPは、かねてより水道管路の診断基準と改修技術をテーマに、全中(全国中小企業団体中央会)を窓口にする経産省――中小企業庁からの公的助成を得て、管路内汚染物質の分析に取り組んでいた。NMR装置の何たるかについては、別述する。

A医療機関の水道管サンプルは直ちに、公的助成を受けての分析ルートに乗せられた。


一週間後――。
NMR法による分析スペクトルが出た。WRAPはそのデータを松下和弘理学博士のもとに送った。
松下和弘博士=WRAP(給排水管路再生事業協同組合)の活路開拓調査・実現化委員会専門家委員=は、NMR(核磁気共鳴)装置を用いた「水」分析研究の、日本における第一人者である。NMR装置を使って、不明物質の正体を、分子・原子レベルで解き明かし、ミクロ世界から見たさまざまな提言を、各界に発信している。松下和弘=WRAP専門家委員=は、送られて来た水道管サンプルのデータを「検体1号」と名付けた。

ここでNMR(磁気共鳴)装置について書く――。
NMR装置は、病院に置いてあるMRI=人間の身体を磁力線で輪切りにし断層写真を撮る装置=の、母親格に当たる分析装置である。
MRI(マグネチック・レゾナンス・イメージング)は画像をしめすが、NMR(ヌクレア・マグネチック・レゾナンス)は、スペクトルの分光波形によって物質の分子構造をあぶり出す。水に溶け出した未知の物質の確定において、NMR装置は、すぐれた性能、真骨頂を発揮する。

NMRの原理はこうだ。
すべての物質は、「水」=H2Oのように、分子の化合物(分子)として存在している。分子をさらに細かくすると、原子団となる。原子団は、数種の原子が結合して出来上がっている。各原子の真ん中には、原子核とその周りを回る電子がある。電子はたなびく雲のように、原子核を取り巻いている。

原子の真ん中にある原子核は+の電気、回っている電子は-の電気を持っている。原子の大きさは一億分の1センチほど。原子核と周囲の電子は、回転運動によって電流を生み、力線を発生している。

ごく簡単にまとめていうと、原子核と電子は、微細な電気エネルギーを生みながら、N極とS極を持つ極小の磁石なのだ。この非常に小さな磁石を、より強い磁石(現在は、超伝導磁石を利用し、磁界強度は9万ガウス=9ステラ以上もある)の磁場の中に置くと、どうなるか?

――これが、NMR現象観測の、基本原理である。
原子核と電子の共鳴現象のさいの、微細なエネルギーのやりとりを見る方法が、1943年に発見され、NMR法と名付けられ、何人もの科学者が、この分野でノーベル賞を受賞している。

松下和弘=WRAP専門家委員は、分析結果としてのスペクトル分布を見て愕然とした。スペクトルの左側、「化学シフト」と呼ばれるシフト7.40ppmの位置に小さな信号が現れていたのである。明らかに、ベンゼン環に由来する信号であった。人体に有害な発がん物質のそれである。
「芳香族系」と呼ばれる発がん物質である。信号の出現位置からみて、芳香族系のベンゼン環であった。
もともと高分子化合物であったものが、経年変化で务化し、分子どうしを結んでいた鎖が切れ、ベンゼン環を持つ化合物が、単独で「水」に溶け出している。人体に入りがん細胞を立ち上げる直前の、まがまがしい姿だった。

――人の命を救う医療機関の水道管に、なぜこのような物質が?
――たまたまA医療機関の水道管だけで見つかったものか。それとも?
――赤い塗料の奥には、世に知られていない問題が、山積しているのではないか?

2章……「検体2号」~「検体4号」の恐怖
WRAP(給排水管路再生事業協同組合)のもとに、組合関係者から、不作為に採取された水道管のサンプル――「検体2号」「同3号」「同4号」が次々と持ち込まれた。採取されたサンプル管路の、それぞれの状況と、NMR法による分析結果は次の通り。


検体2号……東京都中央区のRマンション。貯水槽水道方式の水道管。
建物=築28年 水道管内部の錆止め工事=13年前の履歴あり。水道管の内壁付着塗料から、10ppm濃度の「芳香族系化合物」
が検出された。MDA含有塗料である可能性大。



検体3号……東京・武蔵野市の公営「スイングビル」の給水槽水道の水道管。建物=築13年。水道管路内部の錆止め工事の履歴なし。
.管の内壁付着物質から、濃度10ppmの「芳香族系化合物が検出された。過去に錆止め工事を行っていない管路のため、分析用に採取した付着物
が、はたしてMDA(メチレンジアニリン由来化合物)であるかどうかは、今後の分析課題である。



検体4号……さいたま市浦和区のSマンションの貯水槽水道の水道管。
建物=築34年 管内部の錆止め工事=17年前の工事履歴あり。
水道管の内壁付着物質から、濃度2000ppmの芳香族系化合物(MDA含有塗料)が検出された。0.2ppmではない、2000ppm
である。戦慄をおぼえる数値であった。


「検体2号」~「検体4号」の写真、スペクトル p62~67参照のこと
松下委員や神谷理事長が、頭を悩ませたのは、検体3号の分析事例であった。築13年のこのビルは、かつて管路内部の錆止め工事をしたことがない。 錆止め塗料を塗っていないため、芳香族系塗料物質は検出されないだろう―― と予測しての、NMR法による分析であった。

しかし、ふたを開けてみると濃度10ppmの芳香族系化合物が、検出された。
いったい、付着物はどこから来たのか?
討論の末、松下と神谷は一つの推論に到達した。



道路下の本管内部に塗られた「タール系エポキシ樹脂塗料」が経年务化し、それが水道水の中に浮遊、ビル内部の水道管(塩ビニ管)の内部に吸着されたのではないか。本管内部から塗料物質を採取し、「検体3号」の管路内付着物と比較してみなければ、本管によってきたる芳香族系化合物塗料であるかどうかは、断定出来ない。なぜ「断定できない」のか?

MDA(メチレンジアニリン=発ガン性エポキシ樹脂塗料接着剤)が、いくつもの「顔」を持っているからだ。
昭和50年ごろ、日本国内の水道工事現場で使われ始め、一括して「MDA」と呼ばれていたエポキシ樹脂塗料には、実は
①4.4メチレンジアニリン(MDA)
②ジアミノジフェルニルメタン(DDM)
③M―キシリレンジアミン(XDA)
の三種類があり、それぞれ成分にがちがいのあったたことが、日本水道協会の内部資料から分かっている。いまでもそうだが、「MDA」とはエポキシ樹脂塗料の、たんなる通り名であった。ほうれん草も大根もひっくるめて「野菜」と呼ぶようなものである。じっさいには上記①②③の三種類のエポキシ樹脂が、「二液性」として工事用に使われていた。

「二液性」とは「複数種類を混合して使う」という意味である。
「MDAを原料として、変性物を生成させ」た上で、硬化剤(接着剤)として使われいた事実も、厚労省外郭団体「財団法人ビル管理教育センター」内部文書から判明している。


上記①②③三種類のエポキシ樹脂を混合し、新たな化合物を造り、それがあちこちの水道工事現場で使われていた。混合比のちがいにより、ほんらいのMDAをもとにした「変性物」が生まれるのは理の当然であった。正確に書けば、水道管の内部に純粋な「MDA」というものはなかった。いや、あるに
はあったが、いつも他のエポキシ樹脂塗料と混ぜ合わされ、「MDA含有塗料」になっていた、その中でMDA由来の変性物に変わっていったというのが、事実に近い。

先に、武蔵野市「スイングビル」水道管内部から検出された「芳香族系化合物」が「MDA含有塗料であるかどうかは、断定できない」と書いたのは、おなじ芳香族系化合物であっても、道路下の本管には、MDA由来の化合物とは別の「混合されたタール系エポキシ樹脂塗料」が塗られている可能性あるがゆえである。

MDA含有塗料は、さらにもう一つの「顔」を持つ。それは水道水の残留塩素との反応による変性物への変身である。塩素と反応し、MDAがまったく別の発がん性化合物――例えばアニリン分子のベンゼン環を持つ物質に変わっている可能性があるのだ。

それはともかく――。
過去に錆止め工事を行っていようがいまいが、発がん性を持つ芳香族系化合物塗料はあらゆるタイプの水道管の内側にこびりついている。「検体2号~4号」のNMR法による分析結果は、そのことをしめしている。毒性塗料物質が検出される根本原因は、道路下を走る本管の内側に塗られている、芳香族系化合物塗料にある。その疑いがつよい。

3章……「検体5号」のミステリー
助成事業の当初の予定枞を超える形で、新たな「検体」が持ち込まれてきた。
東京・港区の高層Mビルの水道管である。

この水道管には際立った特長があった。それは5年前に、水道管路の更新=新品水道管に取り替えた、まだ新しい水道管路であったことだ。
更新五年の新設水道管に、芳香族系化合物による汚染があるなど、考えにくかった。だが、NMR法分析の結果を見て、関係者はひとしく目をむいた。
管路の内側に付着物がほとんど認められない塩ビニ管から、なんと800ppmもの芳香族系化合物が検出されたのである。

「検体5号」の写真と、スペクトル p69参照
だが、採取した付着物がはたして本管内部から来る芳香族系化合物であるかどうかは、今後の分析課題である。そのことは、「検体3号」におなじであった。道路下を走る「本管」の内側に、有害塗料が塗られていると推定して、それが本管から溶け出し、枝管を通って、ビル内の水道管路に流れ込み、内側に付着するのだろうか?


答えは、「塩ビ被覆鋼管」というMビル内の水道管の材質にあった。
塩化ビニールの板膜で鉄管を覆った「塩ビ被覆鋼管」は、イオンの電荷による+-が生じやすい。もしMDA含有塗料が、微量でも本管から流れ込んで来ているとすれば、塗料の持っている電荷の+-と引き合い、誘因し合い、ビル内の水道管内壁にくっつく可能性がある。

以上をまとめると、水道管の汚染をもたらしている原因は、いまのところ二つ考えられる。

一つは、貯水槽水道方式の水道管そのものが老朽化し、錆止め工事をほどこしたさい、芳香族系化合物塗料が塗られ、それが経年务化とともに、水道水に溶出しようとしている。

二つは、道路下を走る「本管」そのものに塗られた芳香族系化合物塗料が、経年务化し水中を剥離浮遊したまま、枝管を経て、各戸各ビルの水道管内側にくっつこうとする。

いずれの場合も、人体に危険な発がん性塗料成分が、水道水中に浮遊する危険には変わりがない。
先進7カ国の中で、死亡率でがんが第一位のまま、上昇を続けているのは、日本だけである。アメリカは低下傾向、フランスとドイツは毎年ほぼよこ這いである。なぜ日本のみ右肩上がりなのか? それは水道管路の発がん性塗料と無関係なのか?

ベンゼンやトルエンなど、多くの芳香族系物質に発がん性のあることは、もはや医学界の常識である。中でも、4-アミノビフェ二ール、ベンチジン、2-ナフチルアミンなど、芳香族系アン類には、高い発がん性があると、多くの医学者たちは考えている。

京都大学名誉教授で、国際的ながん予防研究者チームの一員でもある鍵谷 勤博士=パスツール医学研究所研究員=によれば「芳香族系アミン類のNH基が酸化され、N・-OHなどになり、このフリーラジカルがDNA塩基を傷つけることが、発がんの基礎化学反応であるとする学説が有力」とした上で、「発がんとは、身体の中の正常な細胞が、発がん物質の作用を受けて、突然変異を起こし、がん細胞となること」だと指摘、「がん細胞となっても、正常の細胞とまったくおなじ発生――成長――死滅の機序サイクルを持ちながら細胞分裂するため、マクロファージ(白血球)やキラー細胞は、どれががん細胞なのか、見分けられないまま、正常細胞と認識してしまう」「増え始めたがん細胞は、リンパ球から攻撃を受けることなく、小さな浮遊物として血中を移動、あちこちの臓器に根を下ろす」 「身体のさまざまな部位で、正常細胞の10倍以上の猛スピードで増殖するがん細胞は、正常細胞を圧迫し、人体は確実に死にいたる」と語っている。

水道管路の中を、剥離あるいは浮遊し、あるいは水に溶け出しているMDA塗料由来の芳香族系化合物が、日本人の死亡率においてがん=第一位となる背景となっているのではないか?MDA由来の塗料が、いつ、日本国内のどの水道管で、どれくらいの量を使われてきたのか?
早急な実態調査が求められている。

むすび
今回助成は、助成案件であり技術課題であった「水道管路の診断基準と改修技術」を前進させる貴重な端緒を開き、 WRAPの進路に確かな、一筋の光明をもたらした。各章でものべたが、公的助成金を活用したWRAPの助成事業の成果をまとめれば次の通りである。

①「検体1号」「検体2号」「検体4号」水道管サンプルの、NMR法による分析によって、水道管の内側に塗られている錆止め塗料成分が、芳香族系化合物(MDA由来の発がん性物質)であり、経年务化とともに水道水中に溶け出しているか、あるいは溶け出す寸前にあり、分子結合の鎖がもろくなっていることが明らかになった。

②「検体3号」「検体5号」の水道管サンプルの、NMR法による分析によって、道路下を走る「本管」内部に芳香族系化合物塗料が塗られてあり、それが溶け出し、剥離し浮遊、枝管を通じて各ビル、マンション等の水道管路内に流れ込み、付着している疑いが強まっている。上記①②の分析結果を経て、
A・管路内付着物の成分と濃度は?
B・付着物の経年务化度はどれくらいか?
C・付着物成分は、水道水に溶け出ているか?
の三つの「診断評価基準」が生まれた。
誕生した三つの「診断評価基準」は、「国民の健康を守る安全・安心な水道水」を担保し「水道管の衛生管理」を今後押し進める上で、科学的・客観的根拠を提出したものといえよう。

③ 上記①②でのべた管路診断の新手法と結果――NMR(核磁気共鳴)装置を用いた水道管路の汚染物質の正体を明らかにする試みと、そこから得られた分析結果と診断基準の問題提起は、世界で初めて水道管の安全、衛生管理を問うものとなった。小さな事業協同組合が、熟達の化学分析科学者と提携しての挑戦、獲得した分析成果と、問題提起した診断基準の根拠は、水道史上に特筆されるべきものである。

④ 本委員会、技術調査委員会、ビジョン作成委員会の運営を通し、WRAP事務局は着実に実務能力を高め、専門家委員と業界側委員の相互理解を深め、さらに大きな目標に向かっての主体的力量を高めた。そのことは助成を受ける前のWRAP組織と、各種会議のありようを、助成決定後のそれと比較すれば、明瞭である。

2/12に開かれた「活路開拓調査・実現化事業研究報告会」の成功に向けて、専門委員と業界側委員、また営業担当スタッフが見せた連係、協力場面の数々は、今後のWRAPの、確かな歩みを予感させるものとなった。

⑤ 活路開拓調査・実現化事業への助成は、来期以後の新しい活路開拓の課題を浮上させた。
すなわち、
A・NMR装置を駆使した分析手法にもとづき、管路と防錆塗料の「経年务化」の発生機序を明らかにする課題。
B・水道管路の材質により、また水道水中の残留塩素反応によって、芳香族系化合物が変性する過程を調査する課題。
C・管工事関係の企業、団体、個人の間に「管路診断技術」の講習、研修機会を広げ、管路診断士を養成する課題
D・上記ABCの活動を進めるかたわら、元経産省工業技術研究所(現産総研)の指導と共同の関係を深め、NMR法による分析技術をいっそう発展させる課題、分析データの拡充を図る課題
E・経済産業省関連の公機関建物(本省、出先ビル、研究所、外郭団体等)の水道管診断を皮切りに、診断事業のモデル化を図る課題
F・従来の水道行政(水源確保――浄水場管理と水質管理――本管の維持管理)という行政フローとは別に、経産省を軸にした「水」道資源の保全と有効活用(水道管路の汚染診断調査――洗浄と更生による錆止め――定期的衛生管理)という行政フローの検討課題
G・水道管路診断とWRAPシステム工法による防錆効果につき、今秋にも開かれる「中小企業フェス」に出展、出品し、研究開発成果をアピールする課題 がそれである。

経済産業省の助成金は、
NMR(核磁気共鳴)分析との結合により、水道管の危険な汚染実態を明るみに出し、水道管の危機に対する科学的診断法と確かな対策を生み出した。
将来の展望を考えれば、700万円は十年先の70億にも匹敵する助成効果を生んだといえよう。

報告会に参加したある企業トップは、つぎのように語っている。
「冒頭、全中管理職の方が、WRAPの取り組みを高く評価するスピーチをおこないました。あれを聞いて、小さな組合が、大きな局面を引き寄せた……と直感しました。この世には大組織では出来ないことがあり、小粒だからこそ出来ることがある。歴史はこのようにして動くものかと、意を強くしました」 (完)